大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和23年(ネ)77号 判決 1948年12月22日

控訴人

井田代助

被控訴人

三田村農地委員会

主文

原判決を取消す。

被控訴人が、昭和二十二年十月十日定めた別紙目録記載の農地の買收計画は、これを取消す。

訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

請求の趣旨

主文と同旨の判決を求める。

事実

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、

(一)  仮に控訴人が訴外木崎秀助から、その主張のように、本件農地を買受けて所有権を取得したものとしても、控訴人は右訴外人から本件農地の引渡を受けてないし、又その所有権移轉の登記を経ていないから、右農地の所有権移轉については、地方長官の許可を受けなければならない。然るに、控訴人はその許可を得ていないから、右所有権の移轉は無効である。仮に所有権の移轉が有効であるとしても、控訴人は、右のように、その所有権移轉の登記を経ていないから、控訴人は、これを第三者たる被控訴人に対抗することができない。從つて控訴人の本訴請求は失当である。

(二)  仮に控訴人が本件土地の所有者であり、本件買收計画が違法であるとしても、控訴人は昭和二十年十一月二十三日当時本件土地の所在地に居住せず、所謂不在地主であつたから、結局本件土地は買收せらるべき筋合である。故に控訴人の本訴請求は、行政事件訴訟特例法第十一條により、棄却せらるべきである。

と述べ、控訴代理人において、

被控訴人の右主張事実中、控訴人が本件土地の所有権移轉につき登記を経ていないことは認めるが、その引渡を受けていないことは否認する。

(三)  控訴人は、昭和十八年七月十六日、木崎秀助から、本件農地を買受け、同日その引渡を受けた。故に控訴人は右農地の所有権移轉につき、地方長官の許可を受けることを要しないから、控訴人の右農地の所有権取得は有効である。

二 控訴人は、右農地の所有権取得につき、登記を経ていないが、農地買收関係においては、被控訴人は民法第百七十七條にいわゆる第三者に該当しないから、登記欠缺を理由として、控訴人の本件土地の所有権の取得を否認することはできない。

と述べた外は、原審判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

証拠として、控訴代理人は、

甲第一号証の一、二、第二号証の一、二、三、第三号証の一、二、第四乃至第十号証、第十一乃至第十三号証の各一、二、第十四乃至第十六号証、第十七号証の一、二、第十八乃至第二十二号証、第二十三号証の一、二、第二十四乃至第二十八号証、第二十九号証の一、二、三を提出し、当審証人木崎秀助、木下德太郞の各証言を援用し、乙第六号証の一、二は不知、同第八号証の原本の存在並びに成立及びその他の乙号各証の成立を認め、同第三、第五及び第八号証を利益に援用する、と述べ、被控訴代理人は、

乙第一号証の一、二、第二乃至第五号証、第六号証の一、二、第七第八号証(第八号証は写)を提出し、当審証人井田幸太郞の証言を援用し、甲第二号証の一、二、三、第四、第五、第七、第八、第十、第十六、第二十五号証、第十三及び第十七号証の各一、二及び第九号証中の登記所作成部分を除いた他の部分はいずれも不知、右第九号証中の登記所作成部分及びその他の甲号各証の成立を認め、同第二十二号証、第二十九号証の一、二を援用する、

と述べた。

理由

被控訴人三田村農地委員会が、昭和二十二年十月十日、別紙目録記載の土地につき、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三條第一項第一号に基き、その所有者を訴外木崎秀助として、同人に対し買收計画を定めたことは当事者間に爭がない。

然るに、控訴人は右土地は木崎秀助の所有でなく、控訴人の所有であると主張し、被控訴人はこれを爭つているから審按するに、当審証人木崎秀助、木下德太郞(但し一部)井田幸太郞(但し一部)の各証言と右木崎秀助の証言により、眞正に成立したものと認められる甲第四号証、第七、第八号証、第十号証、第十二号証の一、二、成立に爭いない甲第二十九号証の一、二、三(但し同号証の三は一部)及び登記所の作成部分につき、成立に爭いなく、その他の部分についても眞正に成立したものと認められる、同第九号証を綜合して考えると、控訴人は昭和九年頃控訴人の母方実家を相続した実弟、木崎秀助から、五千円と三千円の二口合計八千円を借用し、右債務の担保として、債務を弁済したときは、何時でもその所有権を回復し得る特約の下に、当時控訴人の所有であつた、本件土地及び外に宅地二筆と東京都荏原区中延町所在の家屋四棟の所有権を同人に讓渡したが、控訴人は昭和十八年七月十六日、木崎との間に右債務に対し、元金の外に損害補償等を含めて、合計金一万五百円を支拂つて、右担保に供した土地家屋の所有権を控訴人に回復することを合意し、同日、日本勧業銀行から融通を受けて來た八千円を右の内金として同人に支拂い、家屋については直ちに、又土地については、残余の二千五百円の支拂を了してから、いずれもその所有権移轉の登記をすることと定めた事実、及び控訴人は、右約旨に從つて、家屋については、同月十九日所有権移轉の登記を済まし、その後同年十月十二日残額二千五百円を木崎に支拂い、同人から本件土地の所有権移轉登記手続に要する一切の書類の交付を受けたので、その後間もなく、その登記をする爲、所轄登記所に赴いたが、相憎予て知合の司法書士が居なかつた爲、登記の運びに至らなかつたので、そのまゝ延引しているうちに、戰爭も漸時苛烈になつたのと一方賣主は実弟で、権利証も既に受取つて居り、他に二重賣買をされる惧れもなかつた関係上、本件土地の所有権移轉登記をそのまゝにして今日に至つたものである事実が認められる。

右認定に反する前掲証人木下德太郞、井田幸太郞の各証言部分、及び前掲甲第二十九号証の三(別件における証人井田幸太郞の証人調書)の記載内容は、いずれも信用できないし、被控訴人提出援用のその他の証拠によるも、未だ右認定を覆すに足りない。

被控訴人は、

(一)  仮に控訴人が、その主張のように木崎から本件土地の所有権の移轉を受けたとしても、控訴人は同人から本件土地の引渡を受けて居らず、又その登記も経ていないから、本件土地の所有権移轉については、地方長官の許可を受けなければならないのに、その許可を受けていないから、本件土地の所有権移轉は無効である。

(二)  仮に有効に所有権の移轉がなされたものとしても、その移轉登記を経ていないから、第三者たる被控訴人に対抗できない、と主張するから審按するに、本件土地の所有権移轉のあつたのは、昭和二十一年十一月二十二日以前であること、前段認定の通りであるから、控訴人が同日以前に木崎から本件土地の引渡又は所有権移轉の登記を受けない限り、右所有権移轉につき、地方長官の許可を受けなければならないことは、農地調整法第四條、昭和二十一年法律第四十二号附則第二項により明かである。

而して本件土地の所有権移轉につき、同日以前に地方長官の許可を受けていないことは、弁論の全趣旨により明白であり、又その登記を経ていないことは、当事者間に爭いないところであるから、本件土地の所有権移轉が有効であるか否かは、同日以前に控訴人が本件土地の引渡を受けたか否かの一点にかゝつている。

依つてこの点を審究するに、前掲証人木崎秀助の証言、同木下德太郞及び井田幸太郞の証言の各一部、甲第二十九号証の二及び同号証の三の記載の一部を綜合すると、本件土地は控訴人が木崎秀助の所有権を移轉する前から、木下德太郞、井田幸太郞外数名において小作していたのであるが、木崎の所有になつてからも、引続き同人等に小作させ、小作料は木下德太郞が全部まとめて、木崎又はその代理人たる控訴人に支拂を爲し來り、その後再び控訴人が木崎から前記のように右土地の所有権を回復するや、その頃右小作人等にその旨を告げ、且、昭和十九年には右土地を自作しようとして、右小作人等に小作地の返還を要求し、同年秋頃から昭和二十年十月十日頃までに各小作人から本件土地のうち合計約四反歩の返還を受け、尚一年後には残余の土地の返還を受くることの話合まで、できたことを認めることができ、右認定に牴触する前掲証人井田幸太郞、木下德太郞の各証言部分及び甲第二十九号証の三の記載内容は、同号証の二及び前掲証人木崎秀助の証言に照らして信用できないし、他に右認定を覆すに足る証拠もない。

而して以上認定の事実から考えると、木崎は本件土地を右小作人等に小作せしめて占有させていたのであるが、控訴人に所有権を移轉すると同時に暗默にこれが引渡の合意をなし、且、小作人等に対し、爾後本件土地を控訴人の爲に占有すべき旨のいわゆる引渡の指図をなすべきことをも控訴人に一任したものであつて、控訴人もその趣旨の下に、木崎の代理として、小作人等にこれを了知させたことを推認するに充分である。

故に本件土地については、当時木崎と控訴人との間に、いわゆる指図による引渡があつたものと認定するのが相当であるから、その所有権移轉については、地方長官の許可を要しないものというべきである。

然らば、その許可がないから本件土地の所有権取得は無効であるという被控訴人の右(一)の主張は理由がない。

次に被控訴人の(二)の主張につき按ずるに、自創法による農地の買收は、同法第一條に掲ぐる目的を達成する爲に、政府が、公権力を以て、一方的に農地の所有権を取得するものと解すべきであるから、一般私法上の不動産の取引関係とは全くその性質を異にする。從つて私法上における不動産の物権変動の安全を確保する爲に、第三者に対する対抗要件を規定した民法第百七十七條の規定は、自創法による農地の買收には、その適用がないものと解するを正当とする。故に被控訴人は同條を援用し、登記の欠缺を主張して、控訴人の本件土地の所有権取得を否定することはできないものといわなければならない。

依つて被控訴人の右(二)の主張も理由がない。

以上認定のように本件土地は控訴人の所有であるから、被控訴人が本件土地の買收計画の決定を、その所有者でない木崎秀助に対して爲したのは、違法であるといわなければならない。被控訴人は木崎は本件土地の所有者として登記されているのであるから、同人に対し本件買收計画を定めたのは、適法である旨の主張をしているが、自創法による農地の買收関係においては、前記のように、民法第百七十七條の登記欠缺を理由とする対抗の主張ができないのであるから、被控訴人の右見解は到底採用することができない。

次に被控訴人は、仮に本件土地の買收計画が違法であるとしても、控訴人は昭和二十年十一月二十三日当時本件土地の所在地に居住せず、いわゆる不在地主であつたから、結局本件土地は買收される関係にある。故に控訴人の本訴請求は行政事件訴訟特例法第十一條により棄却せらるべきであると主張するけれども、元來同法第十一條は、或る特定の人に対する行政処分につき、その手続等につき些細な瑕疵があつたような場合に、これを適用すべきもので、行政廳が処分の相手方を誤つたような重大な違法処分の取消変更を求める訴については、その適用がないものと解するのを正当とする。蓋し若しかゝる重大なる違法の行政処分についても、裁判所が公共の福祉に適合しないことを理由として、これが取消変更の請求を棄却することができるものとすれば、法が國民の基本的人権を擁護する爲に、違法な行政処分に対する不服の申立権を認めた趣意は、殆んど沒却されてしまう虞れがあるからである。

本件の場合、仮に控訴人が被控訴人主張のようにいわゆる不在地主であつて、本件土地は結局自創法により買收される運命にあるとしても、本件は買收計画の相手方を誤つた重大なる違法処分であり、且、若し控訴人の請求が同條の適用により棄却されるものとすれば、農地の所有者たる控訴人は、他人に対する買收計画によつて、対價を受くることなくして本件土地の所有権を喪失せしめられ、憲法で認められている財産権の保障をも奪われることとなるであろう。かような場合に同條を適用すべきでないことは右説明により明かであらう。しかのみならず、証人井田幸太郞、木下德太郞の証言(各一部)を綜合すれば、控訴人は昭和二十年三月から、昭和二十一年春までは三田村に居住し、その間昭和二十年九月頃に同村に住宅を新築して、内縁の妻大野みつや娘喜代子とこれに同居して農耕に從事し、昭和二十年十月頃には、前述のように本件畑中約四反歩の返還を受けて自ら耕作し、尚昭和二十一年春以後も東京都新宿区に営業所を持つていたとはいえ、事実上三田村を本拠として月の半ばはここに帰り娘喜代子や養子力と共に農事に從つていた事実が認められるので、これによれば、控訴人を以て、本件土地につきいわゆる不在地主だとすることは、軽々に断じ難いといわねばならない。

依つて被控訴人の右主張も採用することができない。

然らば、被控訴人の爲した本件土地に対する買收計画は、これを違法として取消すべきであるから、控訴人の請求を棄却した原判決は不当であるといわねばならない。

依つて原判決はこれを取消すべきものとして、民事訴訟法第三百八十六條、第九十六條、第八十九條を適用して主文の通り判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例